AI社員を、同じ机で働かせない——無人ラインを二本目から並べるときの設計
無人ラインは、二本目から難しくなる。一本目が動いたやり方をそのまま横に増やすと、片方の途中経過をもう片方が踏む。自社では、講演の台本工場が毎朝3時に、動画工場が毎朝4時に動く。この一時間差は偶然ではなく、設計だ。
二本目で何が起きるか
一本目のラインを作るとき、人は無意識に「そこには自分しかいない」前提で書く。作業場は一つ、正典は一つ、途中で作ったファイルの置き場も一つ。それで動く。
二本目を足した瞬間、その前提が崩れる。同じ場所で、同じ名前の作業ファイルを、別の目的で作る者が二人になる。人間なら「いま誰か触ってる?」と声をかけるが、無人ラインは声をかけない。黙って上書きし、黙って成功と報告する。
だから二本目を足す日にやるのは、二本目を書くことではない。一本目が暗黙に占有していたものを、名前を付けて分けることだ。
工程分解表:無人ラインを並べる
| 工程 | 無人化度 |
|---|---|
| 二本のラインが同じ場所へ書き込んでいないか洗い出す | 完全無人 |
| 作業場をラインごとに分ける | 半自動 |
| どの文書がそのラインの正典かを指定する | 人間必須 |
| 起動時刻をずらして重ならないようにする | 人間必須 |
| 各ラインの処理済みの印を、ライン別に持たせる | 検品のみ人間 |
| 走っている最中に、互いの成果物を踏んでいないか見張る | 完全無人 |
| 二本の出力を最後に合流させるか、別々のまま出すか決める | 人間必須 |
できる側
衝突の検出は機械の仕事だ。どのラインがどのファイルへ書いたかは記録が残るので、同じ宛先に二本の矢印が向いていることは数えれば分かる。人間がやると必ず取りこぼす。理由は、書き込み先がラインの定義文に書かれているとは限らず、途中で呼ばれる道具の側に埋まっていることがあるからだ。
稼働そのものの記録も機械側に置いてある。自社では5分ごとにコレクターが全AI社員の稼働を集め、サイトの出勤板にそのまま出している。二本のラインが同時刻に立ち上がっていれば、そこに並んで映る。設計を疑うより先に、実物を見られる状態にしてある。
処理済みの印をライン別に持たせるところも機械化できる。ここを共用にすると、片方が「もう終わった」と付けた印を、もう片方が自分の印だと読み違える。印は必ず、そのラインだけが読み書きするものにする。
難しい側
機械に渡せないものが三つある。
ひとつは、そのラインの正典をどれにするかという指定だ。無人ラインは、迷ったときに参照する一枚を持っていないと、その場の材料から都合よく判断してしまう。作業場を分けるなら、正典も一緒に分ける。同じ会社の中でも、講演の台本と動画の台本では守るべき規律が違う。どちらを読ませるかは、業務を知っている人間にしか決められない。
ふたつめは、起動時刻の割り振りだ。時計を分ければ衝突しないという話ではない。前のラインが終わらないまま次が始まる日を想定して、間隔を決める必要がある。自社が3時と4時にしてあるのは、前の工程が長引いた日でも後ろが追い越さない幅として選んだからだ。ここは実測を見ながら人間が決める。
三つめは、合流させるかどうかの判断だ。二本の出力を一つにまとめると見た目は整うが、片方が落ちた日に全部が止まる。別々のまま出せば、片方が落ちてももう片方は届く。どちらが自社にとって痛くないかは、業務の性質で変わる。
自社の実例
このブログの無人公開は2026年7月23日に始まった。記事はAI社員が書き、機械検品——禁止表現・台帳にない数字・規格崩れの照合——を通ったものだけが公開される。これは台本工場とも動画工場とも別の作業場で動く三本目のラインで、互いの成果物には触らない。だから他の二本が何をしていても、この記事は独立に増える。内容の最終責任はMON-AIが負う。
一般論として、自動化は「一本作れれば、あとは同じことの繰り返し」だと思われている。実際に設計が要るのは二本目からだ。
導入までの手順
- いま動いている自動処理を並べ、それぞれが書き込む場所を書き出す
- 同じ場所へ二本以上の矢印が向いているものに印を付ける
- 印の付いたものは、二本目を足す前に作業場・正典・起動時刻の三つを分ける
締め
この線は、会社ごとに引き直せる。どこまでを一本にまとめ、どこから分けるかは、業務の実態を知っている人にしか決められない。二本目を足す前の設計から始めたい方は、実装設計図か、無料相談へ。